| 老神談義 学校を卒業して、世間に出た頃は『とにかく、何と申しましても御覧のような若造ですから』とか『青二才ですから』とかを、よく人前で喋る時の前置きにしていたものである。 ところが、いつの間にか、この前置きの若造や青二才が、どうも口から出にくくなってしまったと思っているうちに、中年のいい年のオッサンになってしまっていた。いい年とは、辞書によると「物事の善悪が分かる年のこと」とある。−−そうかなァ、お伽噺の筋書きぐらいならよくわかるが、今の世の中は複雑で、どれが本当の善玉か、悪玉か、物事も裏の裏があったりして不透明だ−−いい年一つぐらいでは駄目なのかもしれない。そのうち分かるようになるだろうと、呑気に構えていたら、これもいつの間にかいい年になり過ぎてしまった。已に人生黄昏でご老体であるが、世の中のことは益々分からない。所詮、年とは関係ないようだ。 目はボーッとしてかすむし、耳は遠くなる。目や耳は長く使ったのだから仕方ないが、あまり使わなかった頭の方も、つき合いで物忘れ(若い時から記憶力は弱かったが)がひどくなったのには参った。 しかし、これは自然現象で誰のせいでもないと言いたいのだが、私の考えでは、これは老神の仕業だと思うのである。 日本には八百万の神が居られるので、老人を専門に担当する老神の職があってもおかしくはない。この老神、は担当がら静かで態度は柔らかいが、とても厳しい。歯が立たないとはこのことだ。中年過ぎからチラホラ見え隠れしていたのが、そのうち、足音も立てずに近寄ってきて、ヒタリとくっついて離れない。そして、質の悪い税務署のように、絶えず体力や気力、記憶力までを削り取っていく。ナニクソと思うのだが、すぐに疲れて踏ん張りがきかない。何でもない処でつまずいたり、転んだりして格好がつかない。話しているうちに、肝心な言葉が出てこなくて「ホラ、ソノ、アレ、エート、ナニよ、などと連体詞だか、副詞だかが出てきて、必要な主人公がなかなか出てくれないことが多い。みんなこの老神のしわざである。五年くらい前、関西テレビというのが、小生が書いた「逆立学」という本について聞きたいといって、カメラマンを入れて四、五人でやって来た。その時、若いアナウンサーの女性が「時にお幾つになられますか?」と質問してきた。私はホラ来たと思い、どうせ年の割に若く見えるがおげんきですかというお世辞が返ってくると思ったので、水増しをして、九十三歳になると言ったら、本当に驚いたらしく喜んでくれた。以来、私はこれは水増しに限ると、年を聞かれる度に五歳か十歳ぐらいづつ適当に上乗せしていたら、いつの間にか自分の本当の年が分からなくなってしまったことがある。 すると耳元で老神が冷たく笑いながら、私の首根っこを押さえて「もがいても同じよ」と言っているような気がしたので、それから年のサバを読むのはやめにしている。 私は第一次世界大戦の始まった1914年の生まれである。第二次大戦の始まりが1941年で、私も引っ張られて、五年間戦火の下にいたので、人生の前半は戦争がバックだった。それでも今まで生き延びているのだから、愚物を承知で付き合って下さった皆様方のおかげだと感謝している次第である。体も心も古色蒼然としてお粗末の至りだが、特別悪いところもないので、もうしばらく老神様の世話になるかもしれないと思うこの頃である。 |
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